中小企業IT利活用 困りごと辞典OSAKA AI-Center(OAIC)が運営する民間の取り組み

操作のやり方が、担当者の頭の中にしかない

「マニュアルを作って」と頼んでも、なかなか出てこない。本人のサボりではない。操作の熟練は、言葉にできない種類の記憶に宿るからだ。書き起こそうとするのをやめ、動きをそのまま写し取るという別の道を整理する。

その操作は、担当者がやると、よどみなく進む。画面を次々に切り替え、迷いなく手が動く。ところが「他の人でもできるように、やり方をまとめておいて」と頼むと、何か月経っても、実務で使えるものが出てこない。本人は「忙しくて」と言う。急かしても進まない。この辞典が扱うのは、その場面である。

こんな場面に、心当たりはないか

  • 「マニュアルを作っておいて」と頼んだのに、いつまで待っても出てこない。本人にやる気がないわけではなさそうだ。
  • できあがった手順書のとおりにやってみたら、途中で止まった。「あれ、ここでこうなるはずが」。書いてある通りにやっても、うまくいかない。
  • 本人に「次はどうするの」と聞くと、手はスラスラ動くのに、口では「うーん、こう…なんとなく」としか言えない。
  • 実演してもらうと、あっという間に終わる。だが「なぜその順番でやるの」と尋ねると、本人ですら「昔からこうしてる」としか答えない。

やっていることは高度なのに、それを言葉にしようとした瞬間、本人が急に詰まる。引っかかりの起点は、ここだ。

担当者がパソコンを慣れた手つきで操作している横で、別の社員が同じ画面を見ても手順を追えず戸惑っている様子

たいてい、こう考える

ここで出てくる考えは、たいてい次のものだ。

「本人がちゃんと書いてくれれば済む話だ」。だから催促する。「時間をとって、手順をまとめてほしい」「文章が苦手なら箇条書きでいい」「画面の写真を貼るだけでもいい」。

やり方を残しておきたい、という頼み方そのものは、道理に合っている。

だが、何度催促しても、実務で使える手順は出てこない。出てきても、肝心なところが抜けている。そして周りは「本人にやる気がない」「抱え込んでいる」と受け取りはじめる。ここで話がこじれる。

だが、本当の問題は「本人がマニュアルを書かないこと」ではない

本人が怠けているわけでも、隠しているわけでもない。書けないのには、はっきりした理由がある。

慣れた操作は、「手続き記憶」と呼ばれる種類の記憶に蓄えられている。自転車の乗り方、キーボードを見ずに打つ指の動き——できるのに、その手順を言葉で全部は説明できない、あの感覚だ。体と手が覚えていて、頭で一つひとつ確かめてはいない。だから速く、正確にできる。

そして、ここがこの困りごとの核心になる。熟練した操作ほど、本人でさえ「なぜその順でやるのか」を言葉にできない。無意識にできるからこそ速いのであって、無意識にできることは、そのままでは言葉にならない。「書いてくれ」と頼むのは、自転車に乗れる人に「乗り方を全部文章にして」と頼むのに近い。乗れることと、乗り方を書けることは、別の能力なのだ。

だから、問題の立て方はこうなる。「頭の中にあるものを書き起こす」という前提そのものが、操作という対象には合っていない。言葉で取り出せないものを、言葉で出せと迫っている。だから何か月経っても出てこない。原因は人ではなく、頼み方の前提のほうにある。

では、どう考えるか

そうなると、進む方向が変わる。「書いてもらう」のをやめる。

操作は、言葉にはできなくても、目には見える。手が動く、画面が変わる、その順番——動いているものは、そのまま観察できる。ならば、言葉に直す前に、まず動いているそのものを、写し取る。録画する、画面を記録する。言葉にできないものを言葉で捕まえようとするから詰まるのであって、動きなら、そのまま残せる。

言語化は、その後でいい。しかも、本人が一人でうんうん唸って書くのではなく、写し取った記録を材料にして、別のやり方で言葉に起こす。順番が逆なのだ。まず動きを残し、あとから言葉にする。「本人が書き起こす」から「操作を写し取る」へ——ここが発想の切り替えになる。

選び方:道はいくつかある

「写し取る」と一口に言っても、進み方はいくつかある。どこまでやれるかは、会社の側の余力で変わる。

A案:操作を録画して、AIに手順へ起こさせる

いちばん手をかけずに、言葉の手順まで手に入る道がある。人が書くのではなく、映った動きからAIに写し取らせる、という考え方だ。ここで頼むのは、答えではなく、作業のほうだ。やってもらうのは、動きを見て、それを言葉に翻訳する仕事だ。

進み方としては、こうなる。

  • まず本人に、いつも通り操作してもらい、その画面を録画する。パソコンなら画面を録画する機能がたいてい備わっている。スマホでの操作なら画面収録の機能がある。可能なら、やりながら「今これを開いて、ここに数字を入れて」と声に出してもらうと、なお良い。本人がやることは「いつも通り動く」だけで、書く作業は一切ない。
  • その録画(動画や、操作を順に写した画面の画像)をAIに読ませる。すると「1. この画面を開く 2. ここにこれを入力する 3. 次にこのボタンを押す」といった手順の下書きを、AIが文章に起こす。
  • できあがった下書きを本人に見せて、「ここは違う」「ここは省いた」というズレだけ直してもらう。ゼロから書くのは無理でも、目の前の手順を見て「合ってる・違う」を言うのは、本人にもできる。負担がまるで違う。

つまり、いちばん詰まる「言葉にできないものを言葉にする」ところを、人ではなくAIに肩代わりさせ、本人には「動く」と「直す」だけを残す。言葉にできない暗黙知を、本人に書かせるのではなく、映った動きから写し取って言葉に変える、という道だ。

  • 向く場面:操作がパソコンやスマホの画面の中で完結する。止まると困る作業がいくつもあって、その都度きれいな手順書を書く時間はとても取れない会社。
  • 割に合わないこと:ここで片づく範囲には限りがある。画面に映らない判断——なぜこの数字を選んだのか、例外が出たときにどうするのか——は、録画だけからは出てこない。そこは本人に問う必要が残る。また、画面に取引先名や個人情報が映る場合は、AIに渡してよい範囲に注意がいる。起こした手順が本当に正しいかの最終確認は、人がする。
  • 始める前に要ること:画面を録画できる状態(パソコンやスマホの録画機能)。一度、本人にいつも通り操作してもらう時間を、十五分でも取ること。

※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「動きを見せて言葉に起こさせる」という使い方を指している。どれが合うかは、会社の状況によって変わる。

B案:映像のまま残す(動画マニュアル)

無理に文章に直さず、録画した映像をそのまま「見て真似する見本」として置いておく。言葉にする工程を省く分、すぐに始められる。

  • 向く場面:操作が画面中心で、見れば真似できるもの。文章化の手間もかけたくない会社。
  • 割に合わないこと:見る側は毎回、映像を頭から追う羽目になり、知りたい一か所だけを探しにくい。動画が長いと、結局だんだん見られなくなる。操作が変われば録り直しが要る。
  • 始める前に要ること:録画できる環境と、その映像を置いて全員が見られる共有の場所。

C案:第三者が横について、実況を写し取る

本人の隣に別の人がつき、操作を見ながら「今なぜそれを押したのか」を問い、答えを書き取っていく。画面に映らない、紙や現物や電話を使う操作でも写し取れる。

  • 向く場面:画面の中だけで完結しない操作(紙の帳票、現物の確認、電話応対など)が混じっている。本人は一人では説明できないが、聞かれれば答えられる。
  • 割に合わないこと:観察役の人と時間の、両方が要る。人手の限られる会社では、二人分の手を同時に止めるのが難しい。
  • 始める前に要ること:観察役が「なぜ今それを?」と素朴に問える人であること。よく分かっている者どうしだと、当たり前の手順が省かれて、肝心の暗黙知が抜け落ちる。

共通しているのは、どれも「本人に書き起こさせる」のではなく「動きを写し取る」という点にある。始められるのは、たいてい手元にあるものからだ。

自分でできる、はじめの一歩

手元にあるものだけで、今日から試せることがある。

止まるといちばん困る操作を、一つだけ選んでみる。本人に「いつも通りやってみせて」と頼み、その画面を、パソコンやスマホの録画機能で録る。できれば、やりながら思っていることを声に出してもらう。それだけで、これまで「頭の中にしかなかった」ものが、初めて頭の外に出た記録になる。きれいな手順書でなくていい。まず一本、録るのが目的だ。

そのうえで、録った映像を別の人に渡して、同じようにやってもらう。詰まったところが、映像にも映っていない「言葉になっていないコツ」だ。そこだけが、本人に問う必要の残る部分になる。全部を一度に写し取る必要はない。

ここまでで、頭の中にあったものが、一本の記録として外に出る。そこから先——どう手順に落とすか、どのAIにどう読ませるか、画面に映らない判断をどう拾うか——は残る。

それでも、自社の事情が残るときは

「録ってはみたが、ここから手順にどう起こせばいいのか分からない」「画面に映らない、本人の勘の部分がどうしても残る」「AIに読ませるといっても、何をどう渡せばいいのか見当がつかない」——そういう事情は、会社ごとに必ず残る。作業の中身も、関わる人数も、その人がいつまでいるのかも、一社ずつ違うからだ。

そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちの場合、この操作はどう写し取れるのか」——その入口を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。

ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。

うちの場合はどうなのか、という部分は残る。

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この辞典について

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