中小企業IT利活用 困りごと辞典OSAKA AI-Center(OAIC)が運営する民間の取り組み

その作業は、あの人しか分からない

あの人が休むと、その作業だけが止まる。原因は抱え込みではなく、やり方が本人の頭の中にしかなく、外に出して残す場が無いこと。必要なのは後継者探しよりも、手順を誰でもたどれる形にすることにある。

その作業は、長いあいだ問題なく回ってきた。あの人がいて、あの人がやってくれていたから、それで十分だった。ところが、その人が一日休んだだけで、仕事が止まる——この辞典が扱うのは、その場面である。

こんな場面に、心当たりはないか

  • あの人が風邪で休んだ。たったそれだけのことで、月末の請求作業が丸ごと止まる。誰も手順を知らない。
  • 「あのデータ、どこに入ってる?」と聞いても、本人がいなければ場所すら分からない。ファイルなのか、メールの中なのか、それとも頭の中なのか。
  • あの人が「来月で辞めます」と言った瞬間、その仕事だけが、会社の中に大きな空白として浮かび上がる。
一人だけが使うパソコンの前に、引き継ぎ資料を探して途方に暮れる別の社員の場面

「人がいない・引き継げない」という言葉が出るとき、たいていその裏には、こういう「あの人しか分からない」が一つ、また一つと溜まっている。

たいてい、こう考える

ここで、たいていの会社が最初に取る手は決まっている。

「あの人が抱え込みすぎているのが悪い。もっと周りに任せて、人を育てればよかった」

だから、対策を打つ。「あの人に後輩を付けよう」「忙しくても、隣で見て覚えさせよう」「いつか時間ができたら、まとめて引き継ぎをしてもらおう」。

人を育てよう、共有しようという発想そのものは、まっとうである。

だが、本当の問題は「あの人の抱え込み」ではない

だが、後輩を付けても、隣で見せても、しばらくするとまた「あの人しか分からない」状態に戻る。なぜか。

本当の問題は、誰かが抱え込んでいることではなく、やり方が「その人の頭の中」にしかなく、外に出して残す仕組みが無いことにある

人の頭の中は、よくできた道具だ。だがそれは、本人がその場で思い出して、その場で手を動かすことを前提にしている。

引き継ぎでつらくなるのは、そこに「別の人が」「本人がいない場面で」「同じ品質で」やらなければならなくなったときだ。本人が休めば、思い出す頭ごと不在になる。口頭で教えても、教わった側の記憶に移し替わるだけで、また同じ「頭の中」が一つ増えるにすぎない。形として残るものは、どこにもない。

つまり、引き継げないのは本人のせいではない。手順を頭の中だけに置き、外に書き出して共有する場が無いから、構造として引き継げない。ここが本当の原因である。

では、どう考えるか

そうなると、考えるべきは「誰に覚えさせるか」ではなくなる。問うべきは、次のことだ。

いまのこの作業は、本当に「あの人だからできる」仕事なのか。それとも「手順さえ外に出せば、誰でもたどれる」仕事なのか

日々の定型作業は、たいてい後者だ。だとすれば、必要なのは後継者探しではなく、頭の中の手順を「外から見える形」にして、全員がたどれるようにすることだ、という見方になる。

人に引き継ぐかどうかの前に、まずその作業が本人の判断に頼るものなのか、手順をなぞれば済むものなのかを見極める。これが判断の出発点になる。

選び方:道はいくつかある

「手順を外に出せばいい」と分かっても、進み方は一つではない。代表的な四つを、横に並べて見てみる。どれが合うかは、会社の置かれ方で変わる。

A案:AIに、手順書の下書きを作らせる

手順を外に出すとき、いちばんの壁は「本人が、頭の中の作業を一から文章に書き起こす」ところにある。日々手が動いている作業ほど、いざ言葉にしようとすると止まる。時間もかかる。その書き起こしの部分を、人ではなくAIに肩代わりさせる、という道がある。やってもらうのは、聞き取りと、下書きづくりだ。

実際の流れは、こうなる。本人がAIに向かって、「最初にこれをして、次にこの画面を見て…」と、いつもの作業を話し言葉のまま説明していく。AIはそれを、順を追った手順書の形に文章化する。あらかじめ「抜けがありそうなところは聞き返してほしい」と伝えておけば、「このあとは何をしますか」と問い返させることもできる。人が白紙を前に文章をひねり出す代わりに、話しながら下書きが埋まっていく。

つまり、手順書づくりでいちばん腰の重い「白紙を文章で埋める」部分を、AIに肩代わりさせる、という考え方だ。

  • 向く場面:本人は作業を体で覚えているが、文章にまとめるのは苦手、あるいはその時間がない。話すことならできる、という場合。
  • 割に合わないこと:AIが作るのはあくまで下書きで、順序が正しいか・抜けがないかの最終確認は人がする。間違ったまま手順書になれば、かえって危ない。「なぜそうするのか」という本人だけの勘どころは、聞き取りの中で引き出す必要がある。
  • 始める前に要ること:止まるといちばん困る作業を一つ選ぶこと。いきなり全部をやらず、その一つの作業を話して下書きにするところから試す。

※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「聞き取りと下書きづくりをAIに任せる」という考え方を指している。どれが合うかは、会社の状況によって変わる。

B案:いまのやり方のまま、文書で残す

手順書・マニュアルとして、紙や文書ファイルに書き起こす。共有フォルダに置き、本人がいなくても読めるようにする。

  • 向く場面:作業の数が限られていて、手順があまり変わらない。書く時間が確保できる。
  • 割に合わないこと:作業が変わるたびに書き直しが要る。更新が止まると、古い手順書が残って、かえって混乱を招く。
  • 始める前に要ること:「誰が・いつ手順書を見直すか」を一つに決めて、それを守れること。

C案:手順を残すための専用の道具を使う

業務の手順や記録を残すために作られた仕組み(いわゆる業務マニュアル化や情報共有の種のクラウドサービス)に、作業の流れを移していく。

  • 向く場面:手順が多く、頻繁に変わる。複数人で同時に書き足し・見直しをしたい。動画や画面の流れで残したい。
  • 割に合わないこと:何をどこまで残すかを決める準備に手間がかかる。月々の費用が発生することが多い。
  • 始める前に要ること:いまの作業を「本人に聞きながら一度書き出す」作業。これを飛ばすと、新しい道具が空っぽのまま放置される。

D案:作業のやり方そのものを見直す

残す前に、「そもそもこの作業は、いまのやり方でなければいけないのか」を問い直す。本人だけが知る手順に頼っている工程を、誰でも分かる形に組み替える。使っていない手順をやめる。

  • 向く場面:手順が複雑で、本人にしか通せない「コツ」が多い。実は半分は省けるのに、慣れで続けている。
  • 割に合わないこと:すぐには楽にならない。本人と一緒に考えて決める時間が要る。
  • 始める前に要ること:本人が「実際に何を・どの順で・なぜそうしているか」を聞き取ること。

自分でできる、はじめの一歩

費用をかけずに、今日のうちに確かめられることがある。

  1. 「あの人しか分からない作業」を書き出す。 いま頭に浮かぶ「この人が休んだら止まる」作業を、紙に箇条書きにする。数が見えると、どこから手を付けるべきかが分かる。
  2. いちばんこわい一つだけ、本人に手順を語ってもらう。 止まるといちばん困る作業を一つ選び、本人に「最初に何をして、次に何を見て」と順に話してもらい、その通りに書き取る。完璧な手順書でなくていい。「外に出した一枚」を作るのが目的だ。
  3. その一枚で、別の人がたどれるか試す。 書いた手順を、本人以外の誰かに渡してなぞってもらう。詰まった箇所が、頭の中に残っていた「言葉になっていないコツ」だ。そこが、あとから書き足す箇所になる。

ここまでは、誰でも、今日から、無料でできる。

この一歩でできるのは「止まると困る作業を一つ、外に出した一枚にする」までだ。そこから先、その一枚を誰がいつ手入れするか、残りの作業をどこまで同じ形にするか、という判断は残る。

それでも、自社の事情が残るときは

ここまでは、どの会社にも当てはまる一般的な考え方だ。だが実際には、「うちの場合はどうなのか」という個別の事情が必ず残る。作業の中身も、関わる人数も、その人がいつまでいるのかも、会社ごとに違う。「どの作業から手順にすべきか」「どれをAIに話して下書きにし、どれは人が書き起こすべきか」——そこは会社ごとに答えが変わる。

そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「この作業があの人しか分からなくて、どこから外に出したものか」——その整理を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。

ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。

うちの場合はどうなのか、という部分は残る。

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この辞典について

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