引き口
人がいない・引き継げない
全8件
その作業は、あの人しか分からないあの人が休むと、その作業だけが止まる。原因は抱え込みではなく、やり方が本人の頭の中にしかなく、外に出して残す場が無いこと。必要なのは後継者探しよりも、手順を誰でもたどれる形にすることにある。社内の連絡がLINE・メール・口頭・紙でバラバラで、どこで何が決まったか追えない「連絡の手段を一つに統一しよう」は、中小企業ではたいてい続かない。部署や世代で慣れが違い、全部は揃わないからだ。本質は手段を揃えることではなく、"決まったことと依頼だけは、一か所に残る"という一点にある。熟練者の引退が近いが、その勘・コツが引き継げない熟練者の勘や目利きは、そのままでは言葉にしにくい種類の知だ。録画しても写らず、本人でさえ「なぜそう決めるか」を言葉にしきれない。完全に移し替えることは諦め、その判断を"後から尋ねられる形"に近づける——引き継ぎの前提を組み替える。操作のやり方が、担当者の頭の中にしかない「マニュアルを作って」と頼んでも、なかなか出てこない。本人のサボりではない。操作の熟練は、言葉にできない種類の記憶に宿るからだ。書き起こそうとするのをやめ、動きをそのまま写し取るという別の道を整理する。IT担当を採用したいが、何を求人に書けばいいか分からない求人票が書けないのは、書き方が分からないからではない。自社がITに何を求めているのかを、自社自身がまだ言葉にできていない——要件が未定義だからだ。人を外から入れて解く前に、任せたい仕事を切り分けるところから始める。退職予定の担当者から、引き継げる人がいない引き継ぎは「人から人へ」だと思われている。だが渡す相手がいないのだから、人へは渡せない。残された時間で渡すべきは「人」ではなく、その仕事が回る状態のほう。本人が答えられるうちに、止まると困る順に頭の中をモノへ移す——期限が来る前にできることを整理する。自分でやるしかないが、本業が忙しくて手が回らない「自分でやった方が早い」——その一件ごとの判断は、たいてい正しい。だが、そうやって全部を引き受けることこそが、手が回らない原因そのものになる。これは人手が足りない問題ではなく、一人の人の限られた時間を、本業と雑務が奪い合っている問題である。ITに詳しい人が社内に一人だけで、その人頼みになっているITの困りごとが社内の一人だけに集まっているのは、日々の効率としては最適に見える。だがそれは、その一点が欠けたら全社が止まる「単一障害点」を、効率と引き換えに自らつくっている状態でもある。二人目を育てるのがコストからも本人の心理からも回らない中小企業で、一人への集中をどう薄めるかを考える。
