電話が鳴る。相手が用件を話し始める。手元のメモ用紙に、名前や日付や品名を走り書きしていく。順番はばらばらに出てくるから、とりあえず来た言葉を来た順に書き留める。電話を切ってから、今度はそのメモを見ながら、システムや台帳の画面に打ち込んでいく——同じ内容を、二度書いている。この辞典が扱うのは、その場面である。
こんな場面に、心当たりはないか
- 電話を受けながらメモ用紙に走り書きし、切ったあとでそれを見ながらシステムに入力し直している。
- カウンターや窓口で聞いた要望を、いったん紙に控えて、後でパソコンに転記している。
- メモの字が自分でも読めず、「これ何て書いたんだっけ」と思い出しながら打ち込んでいる。
- 打ち直しは「あとでまとめてやる」ことにしていて、忙しいと夕方まで、ときには翌日まで溜まっている。
- 溜まったメモを後で打つとき、そのときの状況を思い出せず、聞いた内容の一部が抜け落ちる。
- 「電話しながら直接システムに入れればいいのに」と思うが、実際にやってみると会話がおろそかになって、結局メモに戻る。
一件ずつは数分の作業だ。だからこそ「仕方ない」と諦められ、一日に何度も繰り返され、気づけばまとまった時間が、同じ内容を二度書くことに使われている。

たいてい、こう考える
この二度手間に気づいたとき、たいていは次の方向に手が伸びる。
「電話しながら、直接システムに打ち込むようにしよう」。メモを飛ばして、最初から最終形に入れてしまえば一度で済む、という発想である。あるいは「入力を速くするツールを入れよう」「話した言葉をそのまま文字にする音声入力を使おう」。どれも、向きとしては正しい。
だが、現実にやってみると、たいていうまくいかない。電話しながらの直接入力は、会話に集中できずに聞き漏らしが増え、数日で元のメモに戻る。音声入力を試しても、話し言葉のままの文章が並ぶだけで、結局それを整え直す手間が残る。二度手間は「気合い」や「新しいツール」では、なかなか消えてくれない。
だが、本当の問題は「入力が遅いこと」ではない
メモを取るのは、サボりでも段取りの悪さでもない。電話を受けながらシステムに直接打ち込めないのには、はっきりした理由がある。
相手は、思いついた順に話す。用件を言い、途中で日付を訂正し、最後に「そういえば」と数量を付け足す。ところがシステムは、決まった欄に、決まった順で入れることを求める。話す順番と、記録の型の順番は、そもそも一致しない。だから聞きながら最終形に書くことは、原理的に難しい。いったんメモという緩衝地帯に、来た言葉を来た順のまま受け止めるしかない。メモは無駄な作業ではなく、「聞いて拾う」というちゃんとした仕事をしている。
では、無駄はどこにあるのか。無駄なのは、メモそのものではなく、そのメモを見ながら同じ内容をもう一度打ち込む、二度目の入力のほうだ。一度目——相手の話を聞いて拾う——は、人がやるしかなく、減らせない。減らせるのは二度目——拾ったものを型に整えて記録する——のほうである。ここを取り違えると、対策の方向を間違える。
「入力を速くするツール」や「音声入力」を勧められることは多い。だが、速くしても、同じ内容を二度なぞる構造は変わらない。話した言葉をそのまま文字にできても、それを記録の型に整え直す作業は残る。問題は入力の速さではなく、聞いて拾ったものを、もう一度人の手で型にはめ直していることにある。ここが、この二度手間の本当の正体だ。
では、どう考えるか
考え方を変える。「一度で書こう」とするから無理が出る。聞いて拾う一度目は残していい。狙うのは、二度目の入力——メモから記録への打ち直し——を、人の手から外すことだ。
やり取りそのものは、音声として残せる。通話でも、窓口での会話でも、録っておけば、聞いた内容はもうそこにある。あとは、その音声を文字にし、記録の型(名前・用件・希望日・数量など)に沿って並べ直す作業が要るだけだ。そしてこの「並べ直す」作業こそ、いま人が二度目にやっていることであり、機械が肩代わりできる部分でもある。
つまり、人が担うのは「聞く」ことと「最後に間違いがないか確かめる」ことに絞り、その間の「文字にして型に整える」部分を、人以外に任せる。二度手間を根性で速くするのではなく、二度目の工程ごと、人の手元から外してしまう——これが向かう方向だ。
選び方:道はいくつかある
打ち直しの二度手間には、いくつかの向き合い方がある。手が届く道は、会社ごとに違う。
A案:音声を録って、AIに文字起こしと要点整理まで任せる
通話や打ち合わせの音声を録音し、その音声をAIに渡して、文字起こしと要点の整理までさせる、という道がある。ここでのAIは、答える相手ではなく、手を動かす相手になる。やってもらうのは、聞いた話を記録の型に並べ直す、あの二度目の作業だ。
手順にすると、こうなる。録音した通話をAIに渡し、「この会話から、相手の名前・用件・希望日・数量を抜き出して、箇条書きにして」と伝えておく。するとAIは、だらだらと続く話し言葉の中から、記録に要る項目だけを拾って、整った形に並べ直す。
- 「お名前:◯◯様/ご用件:△△の注文/希望日:今週金曜/数量:10」——といった、そのまま記録に移せる形で返ってくる。
- 雑談や言い直しは省き、要点だけをまとめてくれる。
- 聞き漏らした細かい点も、録音が残っているので後から確認できる。
人がやるのは、出てきた整理済みのテキストに目を通し、間違いがないかを確かめること、それだけだ。メモを見ながらシステムに打ち直す、あの二度目の入力そのものが消える。「型に整える」という、いちばん手間がかかり、いちばん機械に向いた部分を、人からAIへ移す、という考え方である。
- 向く場面:受ける内容が定型に収まらず、話が長かったり込み入ったりして、メモと打ち直しに時間を取られている会社。
- 割に合わないこと:通話の中身は個人情報にあたるため、それを何のために使うかを相手に伝えるか、公表しておく必要がある(個人情報保護委員会は、録音していること自体を伝える義務までは負わない、としている)。相手にどう伝えるかは、事前に決めておく。加えて、通話の中身には相手の名前や連絡先が含まれる。それを外のAIサービスに渡すことになるため、渡した内容がどう扱われるか(学習に使われないか、どこに残るか)を、使うサービスの規約で先に確かめておく必要がある。固有名詞や専門用語は聞き取りを誤ることがあり、最終確認は人がやる。整理済みテキストを記録に移す一手間は残る(ただし打ち直しよりずっと軽い)。
- 始める前に要ること:通話やカウンターの会話を録音できる手段を用意すること。録音した内容を何に使うかを相手に伝える一言を、決めておくこと。AIに「何を抜き出してほしいか」(記録に要る項目)を、あらかじめ言葉にしておくこと。
※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「聞いた話を文字にして型に整える作業をAIに任せる」という考え方を指している。どれが合うかは、会社の状況によって変わる。
B案:声で下書きを作る(音声入力)
紙に走り書きする代わりに、スマホやパソコンの音声入力で、話しながら下書きを文字にする。打ち直しは残るが、手で書くよりは速く、字が読めない問題もなくなる。
- 向く場面:記録の型が単純で、話す内容も短い。周囲に声を出せる環境がある会社。
- 割に合わないこと:話し言葉のまま文字になるだけなので、記録の型に整え直す手間は残る。周りに人がいると声に出しにくい。固有名詞の変換ミスが出る。
- 始める前に要ること:手持ちのスマホやパソコンの音声入力機能を、まず無料の範囲で試してみること。
C案:受ける段階で、決まった項目に直接入れる
受ける内容がほぼ決まっている(予約・注文・定型の問い合わせなど)なら、電話を受けながら、その項目だけを入力する画面を用意して、直接入れてしまう。定型に限れば、聞きながら型に入れることは十分できる。
- 向く場面:受ける内容がほぼ定型で、毎回聞く項目が決まっている会社。
- 割に合わないこと:定型に収まらない相談や、雑談混じりの電話には向かない。入力に気を取られると会話がおろそかになる。決まった項目からはみ出た情報は、結局メモが要る。
- 始める前に要ること:受ける内容のうち「毎回同じ項目」を洗い出し、その項目だけの簡単な入力の形をつくること。
正解を一つ決めるための並びではない。受ける内容が定型なのか込み入っているのか、周りに声を出せる環境なのか——手が届くところから順に、というのが現実的な進み方だ。一度に全部を変えようとすると、途中で元のやり方に戻りやすい。
自分でできる、はじめの一歩
今日、手元だけでできることがある。
まず、いつも受けている内容のうち「毎回かならず聞く項目」を書き出してみる。名前、用件、希望日、数量——受ける仕事によって違うが、たいてい四つか五つに収まる。これを一枚の紙に決まった並びで書いておき、電話のたびにその欄を埋める形にすると、後の打ち直しが軽くなる。ばらばらに書いた走り書きより、欄が決まっているほうが、システムへ移すときに迷わない。
そのうえで、一度、手持ちのスマホの音声入力を試してみる。電話の内容を、切った直後に声で吹き込んでみるだけでいい。手で書くのと比べて、どちらが自社に合うかが分かる。
この一歩でできるのは「打ち直しを、少しでも楽にする」までだ。二度目の入力そのものを消すには、もう一段先の工夫が要る。
それでも、自社の事情が残るときは
「録音といっても、電話でどう相手に断ればいいのか」「AIに渡すといっても、何をどう渡せばいいのか分からない」「うちの受ける内容は定型なのか、込み入っているのか、自分では判断がつかない」——こうした問いは、最後まで残りやすい。
そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちはこういう電話をこれくらい受けていて、打ち直しに困っている」——その実情から、自社に合う減らし方を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。
ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。
うちの場合はどうなのか、という部分は残る。
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大阪の中小企業のための、IT・AI活用の困りごと解消の答えを引き出す辞典です。運営は OSAKA AI-Center(OAIC)。特定の製品やサービスを売ることはありません。 この辞典についてくわしく →
