朝、複合機のトレイに、ゆうべ届いたFAXが何枚もたまっている。取引先ごとに書式はバラバラ。手書きの伝票もあれば、印刷された注文書もある。それを一枚ずつ見ながら、品名を確かめ、数量を数え、社内の受注システムやExcelに打ち込んでいく。ここを間違えれば出荷も請求も狂うから、気は抜けない。速くしたいのに、速くできない——この辞典が扱うのは、その場面である。
こんな場面に、心当たりはないか
- 注文はFAXで届く。だから毎朝、届いた枚数だけ手で打ち直すところから一日が始まる。
- 取引先ごとに書式が違う。品名の書き方も、数量の欄の位置も、会社ごとにクセがある。
- 手書きの数字が読みにくく、「1なのか7なのか」を電話で確かめることがある。
- 打ち込む人が休むと、その日の受注処理が滞る。結局いつも同じ人がやっている。
- 何度も「受発注システムを入れれば楽になる」と勧められたが、肝心の注文はあいかわらずFAXで来る。
- 自社の中はだいぶデジタルになったのに、入口のこの一手間だけが、何年も変わらず残っている。
どれも、努力の量で起きている問題ではない。毎日ミスなく速く打っていても、この一手間だけは残る。

たいてい、こう考える
この困りごとに向き合うとき、たいていの会社が取る手は決まっている。
「入力をもっと速くしよう」。打ち込みに慣れた人を担当につける、入力用のフォーマットを整える、ショートカットを覚える。あるいは「人を増やそう」「受発注システムを入れよう」。どれも筋は通っている。実際、少しは速くなる。
だが、しばらくすると気づく。どれだけ速く打てるようになっても、打つという作業そのものは一件も減っていない。人を増やせば、増えた人数分だけ人件費がかかる。受発注システムを立派にしても、朝のトレイには相変わらずFAXがたまっている。打つのが速くなっただけで、打たなくてよくなったわけではない。
だが、本当の問題は「入力が遅いこと」ではない
手入力がなくならない本当の理由は、自社の仕事が遅いからでも、いい道具を入れていないからでもない。
注文が、FAXという形で届くからである。そして、その形を決めているのは自社ではなく、注文を出してくる取引先のほうだ——ここに、この問題の核心がある。
考えてみれば、注文書を作っているのは相手だ。相手が使い慣れた書式で、相手のやり方で書き、相手の都合でFAXを流してくる。こちらがどれだけ社内をデジタルに整えても、入ってくる注文が紙である以上、その紙を自社のデータに変える作業だけは、必ず誰かの手で埋めるしかない。手作業の発生源は、自社の中ではなく、自社の外にある。だから、社内をいくら改善しても、その発生源には手が届かない。
ITの売り手は「受発注システムを入れれば受注業務が楽になる」と説明する。だがそのシステムは、あくまで「自社の側」を新しくするものだ。取引先がFAXをやめない限り、紙は今日も明日も届く。立派なシステムの入口に、結局は人が座って、FAXを見ながら打ち込む——この構図は変わらない。問題は「自社の入力作業」ではなく、「自社では形を決められない入口」に置かれている。
では、相手にFAXをやめてもらえばいいのか。それも簡単ではない。取引先には取引先のやり方があり、長年FAXで回してきた相手に「今日からメールにしてください」とこちらの都合で強制はできない。相手が大口であればなおさら、送り方を変えてくれとは言い出しにくい。入口の形は相手が握っていて、こちらからは動かせない。この前提を置かずに社内の改善だけを重ねても、入口の一手間は残り続ける。
では、どう考えるか
考え方を変える。相手の形を変えようとするから行き詰まる。だったら、相手の形はそのままにして、届いたあとの「こちら側の変換」を人の手から動かす、と発想を切り替える。
注文処理は、大きく二つに分けられる。一つは、FAXに書かれた文字を読み取って、注文データの形に「変換する」作業。もう一つは、その中身が正しいか、いつもと違う点はないかを「確認する」作業。
これまでは、この二つを一人が続けてやっていた。読み取って、打ち込んで、確かめる。だから全部が手作業に見えていた。だが、前半の「変換」——書いてある文字を読み取ってデータに写す部分は、決まった作業の繰り返しであって、人の判断はほとんど要らない。要るのは後半、「この数量は本当に合っているか」を見る目のほうだ。
変換は仕組みに寄せられる。確認は人が残す。この線を引くだけで、打ち込みという重い手作業のかなりの部分を、人の手から外せる。相手のFAXは一枚も変えないまま、こちら側だけを変える。ここが現実解の入口になる。
選び方:道はいくつかある
FAX注文の手入力への向き合い方には、いくつかの道がある。どの道が現実的かは、会社の置かれ方で変わる。
A案:AIに、FAXを読み取ってデータにしてもらう
いちばん現実的なのが、届いたFAXの「読み取り」をAIに任せる、という道だ。やってもらうのは、紙に書かれた注文を、注文データの形に写し取る作業である。読み取って写すところに、人の判断はほとんど要らない。
実際の流れは、こうなる。届いたFAXを、紙のままではなく画像やPDFとして受け取る(複合機やFAXの多くは、紙に印刷する代わりにデータで受け取る設定ができる)。そのデータをAIが読み取り、品名・数量・単価・金額といった項目を拾い出して、注文データの形に並べ直す。人がゼロから一件ずつ打ち込んでいた前半部分を、AIが下書きしてくれる、というイメージだ。
ただし、AIの読み取りは、完璧にはならない。手書きの崩れた数字、かすれたFAX、見慣れない書式——こうしたものを100%正しく読み切ることは、今のところできない。だから「確認」の工程はなくならない。
だが、変わることがある。これまで人がやっていたのは「白紙にゼロから打ち込む」作業だった。A案でAIを入れると、人がやるのは「AIが読み取った結果を見て、合っているか確かめる」作業に変わる。"ゼロから打ち直す"が、"読み取り結果を確認する"に変わる——手間も、間違いの起きにくさも、ここで大きく変わる。ここがA案の本質だ。最後に「これで出荷していい」と判断するのは、変わらず人である。
- 向く場面:FAX注文の枚数が多く、毎日それなりの時間を打ち込みに取られている会社。取引先にFAXをやめてもらうのが難しい会社。
- 割に合わないこと:読み取りの精度は書式や字の状態で上下するから、確認の工程は残る。注文が一日数件しかないなら、仕組みを用意する手間のほうが上回ることもある。また、AIが読み取った結果をそのまま鵜呑みにして確認を省くと、かえって間違いを見逃す。確認を残すことが前提の道だと理解しておく必要がある。
- 始める前に要ること:FAXを紙でなくデータ(画像・PDF)で受け取れる状態にすること。よく来る取引先の書式を何種類か手元にそろえておくと、読み取りの精度を確かめやすい。
※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「FAXの読み取りという変換作業をAIに任せ、確認は人が残す」という考え方を指している。どれが合うかも、どこから始めるかも、会社の状況によって変わる。
B案:送れる取引先にだけ、送り方を変えてもらう
すべての取引先は無理でも、応じてくれそうな相手にだけ、FAX以外の送り方(メールでのPDF、決まった書式のファイル、簡単な入力フォームなど)に切り替えてもらう。入口の一部を、そもそも変換の要らない形にしてしまう道だ。
- 向く場面:取引先の数が限られていて、関係が近く、相談すれば応じてくれそうな相手が一定数いる会社。
- 割に合わないこと:相手に送り方の変更をお願いする以上、こちらの都合だけでは進まない。大口の相手や、FAXしか使わない相手には強制できず、結局FAXも残る。全部は変えられない、という前提が要る。
- 始める前に要ること:どの取引先なら応じてくれそうか、送り方をどう変えてほしいかを、相手が困らない形で用意しておくこと。相手の負担を増やす頼み方では続かない。
C案:入力の型を決めて、誰でも打てるようにする
手入力そのものは残すが、打ち込む画面や順番を決まった型にそろえ、特定の一人にしか回らない状態をなくす。入口を自動化するのではなく、人の手作業を回りやすく整える道だ。
- 向く場面:注文の件数がそれほど多くなく、自動化までは要らないが、「いつも同じ人しか打てない」状態を解きたい会社。
- 割に合わないこと:打ち込む手間そのものは減らない。件数が増えれば、増えた分だけ人手も増える。根本の「手で打つ」構造は残ったままになる。
- 始める前に要ること:よく来る注文の打ち込み手順を、担当者の頭の中から書き出して型にしておくこと。手順が一人の記憶の中にある限り、その人から離れられない。
並べた案に、優劣はない。件数が多くて毎日の負担が重いならA案が効きやすく、相手との関係が近ければB案が現実的で、まずは属人化だけ解きたい場合はC案が入口になる。組み合わせてもよい。続けられそうなところが、始めどきになる。
自分でできる、はじめの一歩
費用をかけずに、今日のうちに確かめられることがある。
まず、直近の一週間にFAXで来た注文を、そのまま脇によけておく。そして、その枚数と、打ち込みにかかったおおよその時間を数えてみる。「一日に何枚、何分」という、ふだん意識していない数字が見えてくる。この数字が小さければ、急いで手を打つ理由はない。大きければ、A案を検討する値打ちがある。判断の材料は、この実測にある。
あわせて、複合機やFAXの設定を見て、届いたFAXを紙に印刷せずデータ(PDFなど)で受け取れるかを確かめておく。これができる状態になっているだけで、あとで変換の仕組みを考えるときの土台になる。機種によっては、設定を変えるだけで対応できる。対応していない機種もあるので、まず手元の機械で確かめる。
この一歩でできるのは「今、どれだけの手間がかかっているかを正しく知る」「変換を任せられる準備を整える」までだ。そこから先、どの取引先のどの書式まで自動で読めるのか、確認の工程をどう組むのか、という具体は残る。
ただし、FAXを紙でなくデータで受け取るようにすると、その注文書は税の記録の扱いが変わり、受け取ったデータをそのまま残しておく必要が出てくる。切り替える前に、残し方まで確かめておく。
それでも、自社の事情が残るときは
「うちの取引先の書式で本当に読み取れるのか」「確認の工程をどう作れば、かえって手間が増えないのか」「FAXをデータで受け取るところから、何をどうすればいいのか分からない」——この辺りで足が止まる会社は多い。入口の一手間は、間違えれば出荷や請求に響く。だから、確かめる手数はどうしても増える。
そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちにはこういう書式のFAXがこれだけ来ていて、どこから手をつけたものか」——その整理を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。
ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。
うちの場合はどうなのか、という部分は残る。
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