取引先からの請求書が、メールの添付ファイルで届く。通販の領収書は、サイトからダウンロードする形になっている。これまでどおり印刷してファイルに綴じているが、「データのまま残さないといけないらしい」という話をどこかで聞いた。調べてみると、検索できるようにする、改ざんを防ぐ、規程を作る——といった言葉が並んでいて、読むほど大ごとに見えてくる。会計の仕組みを入れないと駄目なのか、と考え始めたところで手が止まる——この辞典が扱うのは、その場面である。
こんな場面に、心当たりはないか
- 請求書がメールで届く。印刷してファイルに綴じ、メールのほうは受信箱に残ったままになっている。
- 紙で届く請求書と、メールで届く請求書が混ざっている。どちらの扱いが正しいのか、決めきれていない。
- 「検索できるようにしないといけない」と聞いたが、何をどう検索できればよいのかが分からない。
- 会計ソフトの案内やセミナーの案内が届き、対応しないと大変なことになる、という書き方をされている。
- 経理の担当者が、印刷したうえでファイル名を付け直す、という作業を毎月やっている。
- 対応できていない気がするが、何が対応できていないのかを、はっきりとは言えない。
複雑に感じるのは、理解が足りないからではない。説明の多くが、それに対応した仕組みを売っている側から届いているからである。

たいてい、こう考える
この話に向き合おうとすると、たいていは二つのどちらかになる。
一つは「対応した仕組みを入れる」。決まりに沿った形で残せる会計ソフトや文書管理の仕組みを導入し、そこに寄せる。案内もその方向で届くので、いちばん自然に見える道になる。
もう一つは「よく分からないので、これまでどおりにしておく」。印刷して綴じるやり方を続け、決まりの話は先送りにする。忙しい会社ほど、こちらになりやすい。
だが、この二つの間に、実際に国が示している道が置かれている。国税庁が出しているこの件の案内には、表紙にこう書かれている——システム導入が難しくても大丈夫、と。売り手の説明と、決めている側の説明が、正面から食い違っている題材である。
だが、本当の問題は「決まりが複雑なこと」ではない
要件の一覧を追いかけると複雑に見える。だが、中小企業が実際に間違えている点は、一つに絞れる。
国税庁の案内には、こう書かれている。メールやウェブを通じてやりとりした取引の記録は、その電子データが原本であり、それをそのまま保存する。以前は、印刷した書面だけを保存する方法で対応することが認められていた時期があったが、その扱いは終わっている。いまは、印刷した書面を出せるようにしておくことに加えて、元のデータそのものも保存しておく必要がある、と明記されている。
つまり、変わったのはここだけだ。「印刷したから、元のデータは消していい」——この一点が、認められなくなった。 これまで印刷して綴じていた会社が引っかかるとしたら、ほぼここになる。逆に言えば、印刷して綴じる運用そのものは、やめる必要がない。
そして、要らないものが並んでいる。
- 検索できる状態にする要件は、条件によっては要らない。 案内には、2年前の事業年度の売上高が5,000万円以下である場合、またはデータを印刷して日付と取引先ごとに整理してある場合は、税務調査などの際にデータのダウンロードの求めに応じられるようにしていれば、検索の要件は不要になる、と書かれている。中小企業の多くは、どちらかに当てはまる。
- 改ざんを防ぐ側の要件は、仕組みを買わなくても満たせる。 専用の仕組みを入れていない場合でも、不当な訂正や削除を防ぐための規程を定めて守ることで満たすことが可能、とされている。規程の見本は国税庁のサイトに置かれている。
- 要件どおりに保存できる状態が整っていない場合の猶予がある。しかも事前の申請は要らない。 猶予が認められる「相当の理由」として、案内には、仕組みや社内の手順の整備が間に合わない、といった事情が挙げられており、人手不足、資金不足といった理由も幅広く認められると書かれている。この猶予には、期限が示されていない。
- 紙で受け取ったものは、紙のままでよい。 保存する対象の範囲は、これまで書面で保存してきたものと変わらない、とも書かれている。同じ内容がデータと書面の両方で来た場合も、書面を正本として扱うと社内で取り決めていれば、書面の保存だけで足りるとされている(データにしか無い情報が含まれている場合は、両方が要る)。
「全部を電子化しなければならない」という前提が、まず事実と違う。 そして「対応するには仕組みが要る」という前提も、決めている側の案内とは食い違っている。ここが、この困りごとの本当の姿になる。
なお、消費税の仕入税額控除については、一定の事項を記載した帳簿と請求書等の保存が要件とされている。受け取った請求書を残しておくことは、こちらの側からも求められている——保存の話は、一つの決まりだけの都合ではない、ということになる。
では、どう考えるか
やるべきことを、一つの動作に翻訳する。「消さない」。 これだけである。
だが、ここに中小企業特有の難しさがある。国が示しているやり方は、規程を定めて守る、という形になっている。決めている側から見れば、これは費用がかからない、いちばん軽い道だ。だが人が毎回意識して守るルールは、中小企業では続かない。担当者が替われば消える。忙しい月には飛ぶ。「対応した」と言えるのは規程を作った日だけ、という状態になりやすい。
だから、規律ではなく形で解く。守らなくても崩れない形にする、という考え方に切り替える。
具体的には、「消す」という動作を業務から取り除く。多くの会社で、元のデータが消えるのは、悪意でも不注意でもなく、手順の中に「印刷したら整理する」という工程があるからである。受信箱を片づける、フォルダをきれいにする、同じものが二つあると気持ち悪いから片方を消す——この整理の習慣が、原本を消していく。
ならば、置き場を一つ決めて、そこには手を入れない。届いたものを、届いた形のまま入れるだけの場所にする。並べ替えない。名前を付け直さない。片づけないことが、そのまま保存になっている状態を作る。 検索の要件が要らない条件に当てはまるなら、整えるための作業はもともと求められていない。やらなくていいことをやめるだけで、手間と決まりの両方が同時に片づく——この題材の現実解は、そこにある。
選び方:道はいくつかある
保存の形には、いくつかの道がある。会社の規模と、いまのやり方によって、無理のない道が変わる。
A案:受け取った形のまま置く場所を一つ決めて、そこから動かさない
いちばん手数が少ない道。メールの添付ファイル、サイトからダウンロードした請求書や領収書を、月ごとのフォルダに入れるだけにする。名前も並びもそのままでよい。印刷して綴じる運用は、これまでどおり続ける。
要点は二つだけになる。元のデータを消さないことと、求められたときにそのデータを出せること。検索の要件が要らない条件に当てはまるなら、整理はここまでで足りる。
- 向く場面:2年前の事業年度の売上高が5,000万円以下の会社。あるいは、印刷したものを日付と取引先ごとに綴じている会社。経理の担当者が兼務で、新しい手順を増やす余裕がない会社。
- 割に合わないこと:後から自社で探すのは楽にならない。 決まりの上では足りていても、「去年のあの請求書」を自分たちで見つけたいときには、結局メールの検索に頼ることになる。件数が増えるほど、探す時間は延びる。
- 始める前に要ること:どこに届いているかを洗い出すこと。メールだけでなく、取引先のサイトからダウンロードするもの、決済サービスの画面から取るもの、チャットで送られてくるものがある。入口が漏れると、そこだけ抜けた形になる。
B案:印刷したものを日付と取引先ごとに並べ、紙の側を業務の主に置く
これまでどおり印刷して綴じる形を続け、その綴じ方を日付と取引先ごとにそろえる。この形にしておくと、検索の要件が求められない扱いになる。元のデータは、A案と同じように消さずに置いておく。
- 向く場面:現場も経理も紙で回っていて、画面上で探す習慣がない会社。過去の書類を紙でめくって確認することが多い会社。
- 割に合わないこと:印刷と綴じ込みの手間は、そのまま残る。件数が増えれば増える。加えて、「印刷したから元のデータは消していい」ではないという点を取り違えると、対応したつもりで外れることになる。
- 始める前に要ること:綴じ方を、日付と取引先という並びで統一しておくこと。月ごとにばらばらの綴じ方をしていると、この形の利点が出ない。
C案:保存に対応した仕組みに寄せる
会計や請求の仕組みの側で、受け取ったデータをそのまま保存し、後から探せる形にする道。決まりへの対応と、自社で探す手間の両方が、同じところで片づく。
- 向く場面:取引の件数が多く、後から探す場面が日常的にある会社。既に会計の仕組みを使っていて、その延長で扱える会社。
- 割に合わないこと:費用が継続してかかる。加えて、どこに何を入れるかという手順を現場が覚えないと、仕組みの外に置かれる書類が残る。 入れ忘れた分は、仕組みの中を探しても出てこない。
- 始める前に要ること:いま何件くらいが、どの入口から届いているかを数えること。件数が少なければ、費用に見合わないこともある。
三つに優劣はない。件数が少ないならA案で足り、紙で回っているならB案が自然で、探す手間まで一緒に片づけたいならC案になる。まずA案で「消さない」形だけを作り、後からB案やC案に移るという順序が、途中で止まりにくい。
自分でできる、はじめの一歩
費用をかけずに、今日のうちにできることがある。
この一か月に、データの形で届いた請求書と領収書が、どこから来ているかを書き出す。 メールの添付、取引先のサイト、通販の画面、決済サービスの画面、チャット——入口ごとに、だいたいの件数を添える。これが、A案からC案のどれが現実的かを決める材料になる。件数が数件なら、フォルダを一つ作るだけで済む。数百件なら、話が変わる。
もう一つ。印刷した後に、元のメールやデータを消していないかを確かめる。 受信箱を片づける習慣がある会社ほど、ここが抜けている。消していたなら、今月からその手順をやめる——それだけで、いちばん間違えやすい一点が片づく。
この一歩でできるのは「入口を把握する」「消す手順を止める」までだ。どこまで探せる形にするか、仕組みを使うかどうかという判断は、ここから先に残る。
それでも、自社の事情が残るときは
「うちの売上規模だと、どの要件が要って、どれが要らないのか判断がつかない」「猶予に当てはまるのかどうか、自社では決められない」「紙とデータが混ざっていて、どちらを残すべきか分からない」——この辺りで足が止まる会社は多い。税に関わる判断は、間違えたときに後から効いてくるため、確かめる手数がどうしても増える。なお、税の取り扱いそのものは税理士の領分にあたる。顧問の税理士がいるなら、そこに確かめるのがいちばん確実な道になる。
そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちにはこういう形で書類が届いていて、どこから手をつけたものか」——その整理を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。
ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。
うちの場合はどうなのか、という部分は残る。
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