同じツールを、同じ日に、全員に配った。それなのに、しばらく経つと景色が変わっている。何人かは当たり前のように使いこなし、以前より仕事が速くなっている。一方で、何人かは相変わらず開いてもいない。会社としては「入れた」はずなのに、社内には使える人と使わない人の線がくっきり引かれている——この辞典が扱うのは、その場面である。
こんな場面に、心当たりはないか
- 新しいシステムの操作に関する質問が、いつも同じ一人か二人に集まっている。
- 「あの件、◯◯さんに聞いて」が口癖になっていて、その人がいない日は仕事が止まる。
- 使える人と使わない人で、同じ作業にかかる時間が倍以上ちがう。
- 使わない人に理由を聞くと「忙しくて覚える時間がない」「聞くのも悪いから、今までのやり方でやっている」と言う。
- ベンダーからは「定着率は上がっています」と報告が来るのに、現場の実感とは噛み合わない。
- 詳しい人が「自分でやったほうが早い」と、いつのまにか他人の分まで引き受けている。
全員が使えていないわけではない。むしろ一部はよく使っている。だからこそ問題が見えにくく、線だけがはっきりしていく。

たいてい、こう考える
この差に気づいたとき、多くの会社はこう動く。
「使えていない人に、もう一度研修を受けさせよう」。あるいは「マニュアルを整えて配ろう」「使える人が使えない人に教える時間をつくろう」。どれも、考えとしては筋が通っている。差が開いているなら、遅れている側を底上げする——理屈としては当然の一手だ。
だが、現実の中小企業でこれがうまくいった例は多くない。研修をもう一度組んでも、忙しい現場では欠席が出る。マニュアルは配られて、そのまま開かれない。「教える時間をつくろう」と決めても、教える側はただでさえ忙しく、結局その場しのぎの口頭説明で終わる。底上げのつもりが、少し経つとまた元の線に戻っている。
だが、本当の問題は「使わない人がいること」ではない
差が開いていく本当の原因は、使わない人の努力不足でも、教え方が足りないことでもない。この二極化は、放っておくと埋まるどころか、勝手に広がっていく構造を持っている。
なぜ広がるのか。鍵は、「使える人」と「使わない人」の間にある、聞くことのハードルにある。
新しいツールを前にして、使わない人がつまずくのは、たいてい操作そのものより「分からないとき、誰に聞けばいいか」のところだ。詳しい人は決まっている。だがその人はいつも忙しそうで、画面に向かって集中している。そこへ「これ、どうやるんですか」と声をかけるのは、想像以上に重い。相手の手を止めてしまう気兼ね。「こんなことも分からないのか」と思われる気まずさ。一度や二度ならまだしも、詰まるたびに聞くのは、頼むほうが消耗する。
だから使わない人は、聞かない。聞かずに、慣れた古いやり方に戻る。「自分の分だけなら、今までどおりでも回る」。その判断は、その人にとっては合理的だ。先の便利さより、目の前の「気まずさ」のほうが、その場でははるかに近くて大きい。だから、聞いて覚えて楽になる未来より、聞かずに済ませる今を選ぶ。
一方、使える人はどうか。聞かれれば答える。頼まれれば代わりにやってあげる。親切な人ほど、そうする。すると何が起きるか。使える人はますますそのツールに触れ、ますます速くなる。使わない人はますます触れず、差はますます開く。片方が使うほど上手くなり、もう片方が使わないほど遠ざかる——この二極化は、誰も悪くないのに、勝手に加速していく。
この二極化には、続きがある。
使える一部の人に、業務が集まってくる。「あれは◯◯さんしか分からない」「◯◯さんに聞けば早い」。最初は親切だった肩代わりが、いつのまにかその人の仕事になる。属人化をなくすために入れたはずの仕組みが、皮肉なことに、新たな属人化を生む。その人が休めば業務が止まり、その人が辞めれば、会社はまた一から「分かる人がいない」状態に逆戻りする。
ここで、ベンダーの言う「定着率◯%」という数字に触れておく。この数字は、この割れをまったく映さない。そもそも「定着率」の測り方は、報告する側によって違う。使った人数で数えているのか、使われた量で数えているのかで、同じ数字の意味は変わる。仮に定着率が五割だとして、それが「全員が半分ずつ使っている」のか「半分の人がフルに使い、半分の人が一度も触っていない」のかは、この数字だけからは分からない。前者はただの慣れの途中だが、後者は業務が一部に集中していく危険な兆候だ。平均や合計の数字は、この二極化をきれいに覆い隠してしまう。ベンダーは「使われている割合」を見せるが、会社が本当に見なければならないのは「誰が使い、誰が使っていないか」という割れのほうにある。
では、どう考えるか
考え方を変える。「使わない人を底上げする」のではなく、「使わない人が、つまずいたときに一人で立ち直れる」状態をつくる。
底上げが続かないのは、それが誰かの手間と規律に頼るからだ。研修を組む人、教える人、覚える時間をつくる人——どれも、忙しい現場では後回しになる。だから、人の努力に頼らずに差を埋める道を考える。
差を固定させていたのは、「分からないとき、忙しい人に聞けない」という一点だった。ならば、そこを外す。聞く相手を、気兼ねのいらないものに変える。何度聞いても手を止めさせず、「こんなことも」と思われる心配もなく、いつでも聞ける相手。それがあれば、使わない人は詰まっても古いやり方に戻らずに済み、使える人に業務が集まる流れも、少しずつ緩む。
向かう先は、全員を同じ速さにすることではない。差そのものをゼロにするのではなく、「差が勝手に広がっていく構造」を止める。そこに焦点を絞れば、打ち手はぐっと軽くなる。
選び方:道はいくつかある
社内の二極化への向き合い方には、いくつかの道がある。選べる道は、いま割ける人手と時間で変わる。
A案:AIを、社内の"いつでも聞ける相手"にする
使わない人が古いやり方に戻ってしまう最大の理由は、「分からないとき、忙しい人に聞けない」ことだった。その部分を、AIに持たせるという道がある。
使い方としては、たとえばこうなる。操作に詰まった人が、その場でAIに聞く。「この画面で、請求書のPDFを出したいけれど、どこを押せばいいか」「この表計算で、合計だけ別のシートに出す方法を教えてほしい」。文章で聞いてもいいし、詰まっている画面の写真を見せて「これ、次に何をすればいい」と尋ねてもいい。AIは、汎用的なツールの使い方であれば、順を追って手順を教えてくれる。分からなければ、同じことを何度聞いてもいい。相手は手を止めないし、気まずさもない。
これが効くのは、二極化を生んでいた「聞くコスト」を、ほぼゼロにできるからだ。使わない人は、詰まっても古いやり方に逃げ込まずに、その場で一歩進める。詳しい人は、同じ質問に何度も応じる負担から解放される。業務が一部の人に集まっていく流れを、その人に頼らずにゆるめられる、という考え方だ。
- 向く場面:詳しい人に質問と業務が集中していて、その人の負担が限界に近い。使わない人が「聞けないから使わない」状態にある会社。
- 割に合わないこと:使いどころを外すと効かない。AIが答えられるのは、広く使われているツールの一般的な使い方までだ。「この会社では、この項目にはこう入れる」といった自社独自の手順や社内ルールは、AIは知らない。そこは人が教える必要が残る。また、AIの説明が自社の場面に合っているかの最終判断は、使う人がする。
- 始める前に要ること:どのツールの、どこで人がつまずいているかを、いくつか拾っておくこと。よく出る詰まりどころが分かると、AIに何を聞けばいいかのとっかかりになる。
※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「気兼ねなく何度でも聞ける相手をAIに担わせる」という考え方を指している。どれが合うかは、会社の状況によって変わる。
B案:聞ける場を、当番として仕組みにする
質問が特定の一人に流れ込むのをやめ、「この時間なら誰に聞いていい」という窓口を交代で決める。詳しい人一人への集中を、複数人で分ける。
- 向く場面:使える人が数人はいて、負担を分け合える会社。
- 割に合わないこと:当番になった人の時間はやはり削られる。人の善意と時間の余裕に頼るため、忙しくなると自然に崩れやすい。
- 始める前に要ること:誰がいつ答えるかを、口約束でなく決めておくこと。答える側の負担を、業務として見込んでおくこと。
C案:全員に使わせることを、あえてやめる
そもそも全員が使う必要が本当にあるのかを問い直す。一部の人だけが使えば回る業務なら、無理に二極化を埋めず、「使う人・使わない人」を役割として割り切る。
- 向く場面:そのツールを、実は一部の担当者しか使う場面がない会社。
- 割に合わないこと:割り切った結果、その担当者への集中がむしろ固定される。属人化を承知で受け入れることになるため、その人が抜けたときの手当ては別に要る。
- 始める前に要ること:誰が本当にそれを使う必要があるのか、業務ごとに棚卸しすること。「なんとなく全員」で配っていないかを確かめる。
自社の事情に照らして、続けられそうなものから始める。一度に全員の差を埋めようとしない形にしておくほど、次の一手は選びやすくなる。
自分でできる、はじめの一歩
今日のうちに、費用をかけずに動かせることがある。
ツールを「使っている人」と「使っていない人」を、頭の中で名前を挙げて分けてみる。全員を思い浮かべて、はっきり使っている人と、ほとんど触っていない人に振り分ける。ベンダーの定着率ではなく、顔と名前で「割れ」を見る。ここで、使っていない人が思ったより多ければ、それは平均の数字が隠していた実態だ。
そして、使っていない人の一人に、そっと理由を聞いてみる。「難しいから」なのか、「聞ける相手がいないから」なのか、「自分の仕事では使う場面がないから」なのか。この三つは、打つ手がまったく違う。難しいなら教え方の問題、聞けないならA案やB案の領分、使う場面がないならC案の領分だ。
ここで分かるのは「割れの正体」であって、どの手を打つかは、その次の判断になる。
それでも、自社の事情が残るときは
「使える人に業務が集中していて、この先が不安だ」「AIに聞かせるといっても、何をどう始めればいいか分からない」「そもそも全員に使わせるべきかどうかから迷っている」——ここで足踏みしたまま、という会社もある。二極化は誰かが悪いわけではないぶん、社内だけで話すと「誰の責任か」の話になりがちで、こじれやすい。
そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちはこういう差が開いていて、どこから手をつけたものか」——その整理を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。
ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。
うちの場合はどうなのか、という部分は残る。
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