月が替わると、タイムカードの束が事務所に集まる。一枚ずつ手に取り、打刻の時刻を見て、遅刻と早退を拾い、残業を足し、深夜にかかった分を分けて、給与計算の表に打ち込んでいく。打刻の漏れを見つけては本人に確かめ、機械が読めなかった箇所を書き足す。給与の締めは動かせないので、その数日だけは残業が確定している——この辞典が扱うのは、その場面である。
こんな場面に、心当たりはないか
- 月初の数日は、タイムカードの集計で他の仕事が止まる。毎月そうなると分かっている。
- 打刻を忘れた分を、後から本人に聞いて手で書き足している。
- 直行・直帰や現場に出ている人の時間は、そもそもカードに打たれていない。
- 集計してみて初めて、「この人、今月は残業がかなり多かった」と分かる。
- 管理職の勤務時間は、そもそも記録していない。
- 過去のカードは箱に入れて倉庫にある。いつまで置いておくのか、はっきりとは決めていない。
- 「紙のままだと法律的にまずいのでは」と言われたことがあるが、何がまずいのかは分からない。
集計に時間がかかるのは、担当者の手が遅いからではない。この作業には、一枚ずつ見なければ分からない部分が、構造として組み込まれているからである。

たいてい、こう考える
この困りごとに向き合うとき、出てくる手はおおむね決まっている。
「そろそろ勤怠のシステムを入れよう」。打刻をカードからICカードやスマートフォンに替えれば、集計は自動になる。実際、そのとおりの効果は出る。だが、台数分の機器と月々の利用料が要り、現場に新しい打ち方を覚えてもらう必要もある。ここで止まる会社は多い。
あるいは「自己申告にして、各自に出してもらう」。紙のカードをやめて、月末に各自が申告する形にすれば、集める手間は減る。集計する側は楽になったように見える。
だが、この二つ目の手には、事実として押さえておくべき点がある。自己申告だけで労働時間を把握することは、認められていない。 厚生労働省が示している手順では、労働時間は原則として客観的な記録を基礎として確認することとされ、自己申告は「そうせざるを得ない場合」の例外という位置づけになっている。しかも、タイムカードやパソコンの使用時間の記録があるにもかかわらず自己申告だけで把握することは、認められないと明記されている。楽になったように見えるほうが、実は認められていない側だったということが起こりうる。
だが、本当の問題は「打刻が紙であること」ではない
まず、事実を一つ置く。紙のタイムカードは、決まりの上で何も問題がない。
厚生労働省が示している手順では、労働時間を確認する原則的な方法として、使用者が自ら現認して記録すること、そしてタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認すること、が挙げられている。客観的な記録の例として、最初に名前が出ているのがタイムカードである。 別の資料でも、記録の方法は紙で出力するほか、磁気ディスクなどに記録・保存することでも差し支えない、と書かれている。つまり国は、紙でもデータでもよい、と言っている。「紙だから駄目」ではない。
では、何が手間になっているのか。国が求めていることを並べると、輪郭がはっきりする。
- 労働日ごとに、始業と終業の時刻を確認して記録すること
- 労働日数、労働時間数、休日労働の時間数、時間外労働の時間数、深夜労働の時間数を、賃金台帳に記入すること
- 出勤簿やタイムカードなど、労働時間の記録に関する書類を、決められた期間保存すること
- 時間外・休日労働が1か月あたり80時間を超えた人には、その超えた時間を、速やかに本人へ通知すること
- 自己申告と客観的な記録に著しい食い違いがあるときは、実態を調べて補正すること
紙のタイムカードが満たしているのは、このうち一つ目だけである。 二つ目から五つ目までは、すべて人が別途やることとして残る。集計に時間がかかるのは、道具が古いからではなく、求められていることの入口だけを道具が担い、残り全部が人の手に置かれているからだ。ここが、この困りごとの核心にあたる。
そして、五つのうち一つは、いまのやり方では構造的に満たしにくい。80時間を超えた人への「速やかな」通知である。月末にカードを集めて集計する形では、超えたことが分かるのは、超えてから数日から十数日が経った後になる。しかもこの通知は、管理職や事業場外で働く人も含めた、ほぼすべての働く人が対象とされている(労働時間の状況の把握そのものが、割増賃金の対象者だけでなく、健康管理の観点から全ての労働者に広げられている)。月末に集計する形は、集計が終わるまで誰が超えているか分からない形でもある。 遅れているのは担当者ではなく、仕組みの側だ。
保存についても、押さえておくべき動きがある。労働時間の記録に関する書類の保存期間は、決まりの上ではすでに5年に変わっており、当分の間は3年として運用されている。実務上いま守るのは3年だが、「当分の間」がいつまでかは示されていない。「3年経ったから捨てていい」を前提に置くと、後で足りなくなる可能性がある——紙で持つ場合、置き場所の話にも直結する。
では、どう考えるか
考え方を切り替える。打刻の道具を替えるかどうかを先に決めようとするから、話が「勤怠システムを入れるか、入れないか」になり、金額の話で止まる。
分けて見る。勤怠の仕事は、二つに分かれている。
一つは、打つ——誰がいつ来て、いつ帰ったかを記録する部分。ここは、紙のカードでも要件を満たしている。替える必然性は、決まりの側からは出てこない。
もう一つは、まとめる——集計し、賃金台帳の項目に整え、超えている人を見つけて知らせ、決められた期間残す部分。人の手が集中しているのはこちらで、しかも決まりが求めているものの大半もこちらにある。
替えるべきは、打つほうではなく、まとめるほうである。 そして、まとめる作業は、判断がほとんど入らない。足す、分ける、並べ直す、超えているものを拾う——決まった処理の繰り返しだ。判断が入るのは、打刻漏れをどう扱うか、申告と記録が食い違ったときにどちらを採るか、という最後の部分だけになる。
繰り返しの処理は仕組みに寄せられる。食い違いの扱いは人が残す。 この線を引けば、打刻の道具を替えないまま、手間の大半を人の手から外せる。ここが、この困りごとの現実解の入口になる。
選び方:道はいくつかある
向き合い方には、いくつかの道がある。人数と、現場の働き方によって、取れる道が変わる。
A案:紙の打刻はそのままに、集計と「超えている人の抽出」をAIに寄せる
カードの打ち方は一切変えない。変えるのは、集めた後の扱いである。
流れはこうなる。月の途中でも構わないので、タイムカードをスキャナやスマートフォンで読み取り、画像として取り込む。それをAIに読ませ、氏名・日付・始業・終業の形に並べ直させる。そのうえで、集計と、賃金台帳に要る項目への振り分け——労働日数、労働時間数、休日労働、時間外労働、深夜労働——までを頼む。人がやっていた「足して、分けて、表に写す」部分が、ここで下書きの形になって出てくる。
もう一段ある。同じ仕組みに、超えている人を先に拾わせる。
- 「今の時点で、時間外・休日労働の合計が80時間に近づいている人を挙げてほしい」
- 「このままの働き方が続くと、月末に80時間を超えそうな人を挙げてほしい」
- 「打刻が抜けている日と、申告された時間と記録が食い違っている日を、一覧にしてほしい」
これが効く。月末に集計して初めて超過が分かる形から、超える前に見えている形へ変わる。 通知を速やかに出すという要件は、月末に一気にやる限り、人がどれだけ頑張っても間に合いにくい。ここは規律ではなく、いつ数字が出るかという構造の問題である。 紙のカードを一枚も替えずに、その構造だけを変えられるところが、この道の本質になる。
- 向く場面:人数がそれほど多くなく、打刻の形を変えると現場が混乱する会社。集計と確認の手間だけを減らしたい会社。
- 割に合わないこと:読み取りは完璧にはならない。かすれた印字、押し損ね、手書きの追記は読み違いが起きる。だから確認の工程はなくならない。給与に直結する数字である以上、最後に「これで支給していい」と判断するのは人になる。また、月の途中で読み取る運用にしないと、超過を先に見つけるという利点は出てこない。
- 始める前に要ること:タイムカードを画像として取り込める手段があること(複合機のスキャン機能で足りることが多い)。そして、自社の給与計算で使っている項目の名前を、そろえて書き出しておくこと。項目名が定まっていないと、出てきた下書きを写す手間が残る。
※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「集計と抽出という繰り返しの処理をAIに任せ、食い違いの判断は人が残す」という考え方を指している。どれが合うかは、会社の状況によって変わる。
B案:打刻から集計までを、一続きの仕組みに替える
打刻の道具そのものを替え、記録がそのまま集計に流れる形にする。読み取りの工程が最初から無くなるため、数字の確かさという点では、いちばん素直な道になる。
- 向く場面:人数が多く、直行・直帰や複数の現場があって、そもそも一か所での打刻が成り立っていない会社。
- 割に合わないこと:機器と月々の利用料がかかる。加えて、現場に新しい打ち方を覚えてもらう必要があり、スマートフォンを持っていない人や、手が汚れる作業をしている人がいる職場では、打刻そのものが定着しないことがある。打てなければ、記録は残らない。
- 始める前に要ること:全員がどこで、どうやって打てるのかを、働き方ごとに確かめておくこと。事務所の一台で全員が打てる前提のまま選ぶと、現場で回らない。
C案:紙のまま、集計の型と保存の置き場だけを決める
道具は何も替えず、集計の手順を決まった型にそろえ、誰がやっても同じ結果になるようにする。あわせて、過去のカードの保存場所と、いつまで残すかを決める。
- 向く場面:人数が少なく、集計そのものは短時間で終わる会社。担当者が一人に固定されている状態だけを解きたい会社。
- 割に合わないこと:集計にかかる手間は減らない。人数が増えれば、そのぶん増える。超過を先に見つける形にもならない。
- 始める前に要ること:いまの集計手順を、担当者の頭の中から書き出して型にすること。書き出せないうちは、その人から離れられない。
三つに優劣はない。人数が少なく打刻の形を変えたくないならA案、働く場所が散っているならB案、まずは属人化と保存だけ片づけたいならC案が入口になる。A案とC案を重ねる形も、無理がない。
自分でできる、はじめの一歩
費用をかけずに、今日のうちに確かめられることがある。
先月の集計に、実際に何時間かかったかを書き留める。 何枚のカードを、何人で、何日かけて処理したのか。この数字が、道具を替えるかどうかを判断するときの材料になる。金額だけを見れば高く感じるが、比べる相手が手元にないと、高いのか安いのかを決めようがない。
もう一つ。先月、時間外と休日労働が80時間を超えた人がいたかを確かめ、いたなら「それが分かったのはいつだったか」を思い出す。 超えた日と、分かった日の間が何日あいているか。ここが開いているほど、通知は後追いになる。この数字は、集計を月末にまとめている限り、努力では縮まらない部分になる。
この一歩でできるのは「いまの手間と、数字が出るまでの遅れを、目に見える形にする」ところまでだ。どの道を選ぶか、読み取りをどこまで任せるかという判断は、ここから先に残る。
それでも、自社の事情が残るときは
「読み取りといっても、うちのカードで本当に読めるのか」「集計を任せたとして、確認をどう組めば手間が増えないのか」「直行・直帰の人の時間を、どう客観的に残せばいいのか」——この辺りで足が止まる会社は多い。勤怠の数字は給与に直結するため、間違えたときの影響が他の作業とは違う。だから確かめる手数がどうしても増える。
そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちはこういう打ち方で、こういう集計をしていて、どこから手をつけたものか」——その整理を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。
ITは、本来は専門家の領分でもある。弁護士や税理士のように、ITと経営の両方を知る第三者を"ブレイン"として側に置く——という考え方もある。何もかも自社だけで抱え込まなくていい。この辞典も、そうした相手と一緒に読めば、自社に合った次の一手につながりやすい。
うちの場合はどうなのか、という部分は残る。
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