営業の社員は、自分のスマホで取引先からの電話を受けている。現場の社員は、自分のスマホで撮った写真を会社に送ってくる。会社のメールを自分のスマホで読めるようにしている社員もいる。会社が頼んだ覚えは、はっきりとは無い。やめてくれと言った覚えも無い。通信料を誰が持つのかも、その端末に何を求めるのかも、辞めるときにどうするのかも、一度も話に出ないまま、仕事は回っている——この辞典が扱うのは、その場面である。
こんな場面に、心当たりはないか
- 営業担当が、取引先との電話を自分の携帯番号で受けている。通話料は本人の契約から出ていて、精算の話は出たことがない。
- 現場の写真は、社員が自分のスマホで撮って会社に送っている。送ったあとの写真が本人の端末に残っているかどうかは、誰も確かめていない。
- 会社のメールや、会社が決めた保存先を、私物のスマホからも開けるようにしている社員がいる。誰がそうしているのかの一覧は無い。
- 自宅で続きをするために、私物のパソコンに仕事のファイルを入れている社員がいる。そのパソコンを家族も使っているかどうかは、聞いたことがない。
- 私物のスマホに画面のロックがかかっているかは気になっている。だが、個人の持ち物について会社が口を出してよいものか、判断がつかない。
- 社員が辞めるとき、会社の鍵とパソコンは返してもらう。本人のスマホに入ったままの会社のメールや写真については、何も決まっていない。
誰かが決まりを破った結果ではない。手元にある一台で用が足りたので、誰も改めて話題にしなかった。その積み重ねである。

たいてい、こう考える
私物の利用に気づいたとき、考えの進み方はたいてい三択になる。このまま許す。禁止する。会社の端末を配って替える。
許すと決めれば、今と何も変わらない。禁止すると決めれば、外回りの社員に連絡をつける別の手段が要る。会社の端末を配ると決めれば、台数ぶんの費用がかかり、社員には二台を持ち歩く手間が生じる。どれも決め手に欠けるので、結論は先に送られる。
もともと私物の利用は、会社が採り入れると決めて始まったものではないことが多い。会社がスマホを支給していても、社員は自分のスマホを常に持っている。急ぎの電話を一本受け、写真を一枚送ったところから、いつのまにか仕事の道具に入っている。採り入れた覚えがないものには、許可した覚えも、禁止した覚えもない。こうして「黙認」と呼ばれる状態が続く。
だが、本当の問題は「私物を使っていること」ではない
三択はどれも、会社が一人で決められる形をしている。だが私物の端末には、会社の端末と決定的に違う点が一つある。持ち主が会社ではない。
会社の端末であれば、会社は設定を入れ、中に何があるかを確かめ、使い終われば返してもらえる。私物では、設定を入れるのも、中を確かめるのも、消すのも、持ち主の手元にある持ち主の物に対して行うことになる。会社が決まりを書くことはできる。だが、書いた決まりのとおりにその端末が動くかどうかは、持ち主が応じるかどうかにかかっている。
国の資料も、この点を書いている。総務省の「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」(令和3年5月)は、端末にデータを保存できる方式で個人が所有する端末を使う場合について「マルウェア対策ソフト等のインストールを強制できないなど、十分なセキュリティ統制が取れません」とし、そのうえで、このリスクを受け入れられるかを評価して利用の可否を決める必要がある、としている。私物の利用を禁じてはいない。大丈夫だとも書いていない。情報処理推進機構(IPA)の「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」(第4.0版)の付録にある自社診断の解説も、個人所有のパソコンやスマートフォンを業務で使う場合は「管理が行き届かず」セキュリティの確保が難しくなるとして、業務利用の可否やルールを定めることを挙げている。(いずれも2026年10月時点で公開されている版。総務省の資料は、テレワークについて書かれたものである。)
そう見ると、「黙認」の中身が具体的になる。黙認とは、許可でも禁止でもない。費用を誰が持つかも、端末に何を求めるかも、失くしたときや辞めるときにどうするかも、持ち主と一つも取り決めないまま使っている状態である。
この状態では、会社の側に、よりどころになるものが無い。画面のロックをかけてほしくても、頼んだことがない。辞める人の端末に会社のメールが残っていても、消してもらう約束をしていない。通信料の話は、どちらからも切り出されていない。問題は私物を使っていることではなく、会社の物ではない端末を、持ち主と何も取り決めないまま仕事の道具に組み込んでいることにある。
では、どう考えるか
三択の手前に、問いを一つ置く。「持ち主と、何を取り決めてあるか」。
取り決める中身は、三つに分けられる。
一つ目は費用である。端末の代金と通信料を、誰がどこまで持つか。
厚生労働省の「テレワークモデル就業規則 作成の手引き」(令和8年9月)は、費用を労使のどちらが負担するか、会社が負担する場合の限度額、社員が請求する場合の方法などを、あらかじめ労使で十分に話し合い、就業規則などに定めておくことが望ましい、としている。在宅勤務中の電話連絡で、会社が貸与する携帯電話を使わない場合については、個人の負担とする方法のほか、請求の明細などから業務用の通話分だけを会社が負担する方法が考えられる、と両方を並べている。どちらが正しいとは書かれていない。書かれているのは、先に話し合って決めておく、ということである。
就業規則との関係もある。労働基準法は、常時十人以上の労働者を使用する使用者に就業規則の作成と届出を求め、労働者に作業用品その他の負担をさせる定めをする場合には、それに関する事項を就業規則に書く事項の一つに挙げている。同じ手引きは、就業規則を作る義務のない会社についても、テレワークで定める事項(通信費などの負担を含む)は、就業規則に準ずるものを作るか、労使協定を結ぶことが望ましい、としている。
ここには限定が付く。厚生労働省の手引きは、テレワークについて書かれた資料である。会社がテレワークの制度として定めていないまま私物が使われている場面や、社内での利用に、同じ扱いがそのまま当てはまるとは書かれていない。何も取り決めずに使っている今の状態が、就業規則や法律の上でどう扱われるかは、会社ごとの当てはめの問題であり、この辞典が答えを出せる範囲の外にある。ここから読み取れるのは、費用は、黙っていれば決まるものではなく、話し合って決める対象として国の資料に載っている、というところまでである。
二つ目は端末に求めることである。画面のロックをかけること、仕事のファイルを端末に保存するかどうか、家族と共用しないこと、といった中身になる。
IPAのガイドラインは、テレワークで使う個人所有の端末について、他者との共有や業務データの保存を制限または禁止し、それが難しい場合は業務データの暗号化や遠隔での消去などの対策を行う、としている。厚生労働省の手引きにある規定例は、私有の機器を業務に使うときは、機器の名称や契約している番号などを申請書に書いて、あらかじめ許可を受ける、という形をとっている(モバイル勤務者についての規定例)。どちらの形も、誰がどの端末を使っているかを会社が知っていなければ成り立たない。
三つ目は終わり方である。失くしたとき、辞めるときに、端末の中にある会社の分をどうするか。
IPAのガイドラインは、個人所有のパソコンやスマートフォンをテレワークに使っていた場合、その中に保存された業務データやメールを、所属先への引き渡しを確認したうえで削除する、としている。これはテレワークから職場に戻る場面についての記述で、退職の場面を書いたものではない。ただ、私物に入った会社の分は、引き渡しを確かめてから消す、という順番は示されている。失くしたときに遠くから消すのか、消すとすれば何が消えるのかも、使い始める前に持ち主と話していなければ、失くした日には決まっていない。
三つとも、会社が決まりを書いただけでは、その端末の上では何も変わらない。持ち主が実際に応じた分だけが、端末に表れる。「許すか、禁止するか」は会社が一人で出せる答えだが、私物について実際に効くのは、持ち主と取り決めた中身のほうである。
そして、この三つは別々には決まりにくい。端末に求めることを増やしていくと、その端末の代金と通信料を誰が持っているのか、という話に行き着きやすい。取り決めを始めると、費用の話が一緒に出てくる。
選び方:道はいくつかある
道は、取り決める量で分かれる。私物のまま、取り決めて使う。私物に載る会社の分を減らして、取り決める中身を小さくする。会社の端末に替えて、取り決めそのものを要らなくする。
A案:社員ごとの使い方を聞き取り、取り決めの抜けをAIに表にさせてから、一人ずつ話す
私物のまま使い続け、三つを取り決める道である。取り決めは、最後は持ち主との話し合いでしか成り立たない。AIが受け持てるのは、その手前——誰と、何について話すのかを洗い出すところである。
私物の使い方は、人によって違う。電話を受けるだけの人、会社のメールを読んでいる人、写真を撮って送る人、ファイルを保存している人。通信の契約も、家族と共用しているかどうかも違う。全員に同じ紙を一枚配って済ませようとすると、電話しか使っていない人には重すぎ、ファイルを保存している人には足りない。
進め方は二段になる。まず社員に書いてもらう。私物の端末で仕事の何をしているか(電話、メール、写真、ファイルの保存)。端末の種類。家族と共用しているか。画面のロックをかけているか。仕事のために増えていると感じる通話料や通信料があるか。次に、物差しを用意する。厚生労働省の規定例にある申請の項目と費用の決め方、IPAが挙げている対策(共有や保存の制限、引き渡しを確かめたうえでの削除)である。この二つをAIに渡して、こう頼む。
- 「社員ごとに、費用・端末に求めること・失くしたときと辞めるときの扱いの三つについて、すでに決まっていることと、決まっていないことを表にしてほしい」
- 「決まっていないことのうち、その人の使い方では関係しないものは外してほしい」
- 「一人ずつ話すときに、会社から聞くことと決めることを、人ごとに並べてほしい」
- 「費用の扱いが就業規則や税に関わりそうな箇所には、答えを書かずに『確認が要る』と印を付けてほしい」
返ってくるのは決まりの文面ではなく、人ごとの話し合いの議題である。電話だけの人とは費用の一点、ファイルを保存している人とは保存と辞めるときの扱い、というように、話す中身が人によって違う形で並ぶ。
AIに渡すときに、社員の氏名、電話番号、契約の番号は要らない。「一番」「二番」と置き換えても、表は同じように出来る。IPAも、AIを使ううえでの対策の一つに「社内の秘密情報等を安易に入力しない」を挙げている。
- 向く場面:私物を使っている社員が何人もいて、使い方が人によって違う会社。何から話せばよいかが定まらず、話し合いそのものが始まらずにいる会社。
- 割に合わないこと:取り決めそのものは、AIでは作れない。表に並ぶのは議題であって、持ち主が応じるかどうかは、話してみるまで分からない。費用が就業規則や税にどう関わるかの判断も、AIに任せられる場所ではなく、頼めるのは「確認が要る」と印を付けるところまでである。また、社員が数人で使い方も似通っているなら、この表は人の手で書ける。物差しにする規定例も国の手引きにそのまま載っており、AIを通さなければ届かない作業ではない。社員が書かなかった使い方は、表にも載らない。
- 始める前に要ること:聞く項目を決めること。そして、何のために聞くのか(取り決めるためであること)を、聞く前に社員へ伝えておくこと。
※AIにはいろいろな種類・サービスがある。ここでは「特定の製品を入れる」話ではなく、「人ごとに違う使い方を国の資料の項目と突き合わせ、話し合いの議題を並べる作業をAIに任せる」という考え方を指している。どれが合うかは、会社の状況によって変わる。
B案:私物には会社のデータを残さない使い方に寄せ、取り決める中身を小さくする
端末に求めることと終わり方が重くなるのは、私物の中に会社の分が溜まるからである。資料やメールを端末に保存せず、会社が決めた保存先を開いて見るだけの使い方に寄せれば、端末の中に残る分が減る。辞めるときに消してもらう対象も、家族との共用で気にかける範囲も小さくなる。IPAのガイドラインも、テレワークで使う個人所有の端末への対策の一つに、業務データの保存を制限または禁止することを挙げている。
- 向く場面:私物でしていることが、メールを読む・資料を見る・連絡を受ける、の範囲に収まっている会社。資料の置き場所が、すでに一か所に決まっている会社。
- 割に合わないこと:残さないつもりでも、残ることがある。総務省のガイドラインは、端末にデータを残さないことを狙った方式の一つについて、製品によってデータが消えるタイミングが異なり、使い方によっては意図せず端末に残るおそれがある、としている。写真のように、私物で撮った時点で端末に入るものは、この道だけでは外せない。費用の取り決めも消えない。開いて見るだけでも通信は発生し、電話は変わらず本人の番号で受けている。小さくなるのは三つのうち二つで、一つはそのまま残る。保存先を一か所に寄せる作業にも、手間と時間がかかる。
- 始める前に要ること:私物の端末に、いま何が保存されているかを社員に聞くこと。すでに残っている分の引き渡しと削除は、この道を選ぶ時点で一度要る。
C案:会社の端末と番号を渡し、取り決めの要らない形にする
持ち主を会社にする道である。会社の端末なら、設定を入れるのも、中を確かめるのも、返してもらうのも、会社の判断でできる。費用も、会社の支払いとして見える。厚生労働省のテレワークについてのパンフレットは、費用負担の例として、パソコン本体や携帯電話、スマートフォンは会社から貸与している例が多い、と紹介している。
- 向く場面:顧客の個人情報や契約に関わるやりとりを、端末で扱う人がいる会社。取引先との電話が、特定の社員の個人の番号に集まっている会社。
- 割に合わないこと:台数ぶんの端末代と通信料がかかり、設定と管理をする人も要る。社員は二台を持ち歩くことになる。渡したあとも、手に馴染んだ私物のほうが使われ続けることがあり、その場合は会社の端末と私物の両方に仕事の分が散る。私物の話は、会社の端末を渡しただけでは終わらない。
- 始める前に要ること:会社の端末に移す仕事と、私物に残ってよい仕事を分けること。私物に残る仕事があるなら、その分の取り決めは別に要る。
三つは、社員ごとに違う道になってよい。顧客の情報を多く扱う人には会社の端末を渡し、電話を受けるだけの人は私物のまま費用だけを取り決める、という分け方もある。どの道でも先に要るのは、誰が私物で何をしているかが、会社に見えていることである。
自分でできる、はじめの一歩
社員の名前を縦に並べた表を一枚つくる。それだけで、今日わかることがある。
名前の横に、三つの欄を引く。「費用」「端末に求めること」「失くしたとき・辞めるとき」。私物の端末を仕事に使っていると分かっている人について、三つの欄に、すでに本人と話して決まっていることだけを書き入れる。会社の側で思っているだけのことは、書かない。
書けない欄は、空けたままにしておく。私物を使っているかどうかが分からない人がいれば、名前の横に「分からない」と書く。IPAの自社診断には、「個人所有の情報機器を業務で利用する場合のセキュリティ対策を明確にしていますか?」という設問がある。この表は、その問いを一人ずつに当てたものになる。空いている欄が、黙認と呼んでいた状態の中身である。
この一歩で見えるのは、誰と、何が決まっていないか、までである。空欄をどう埋めるかは、持ち主と話す段階の仕事として残る。
それでも、自社の事情が残るときは
「私物のスマホに、会社としてどこまで求めてよいものか線が引けない」「会社のメールや保存先を、私物から開けるままにしておいてよいのか決められない」「長く私物でやってくれている社員に、今になって端末のことを切り出しにくい」——ここは、たいてい自社だけでは決めきれずに残る。私物の端末の取り決めは、端末の話であると同時に、お金と、働く人との約束の話でもある。
そういうときは、OSAKA AI-Center の窓口に相談するという選択肢がある。何かを買う必要はなく、こちらから売り込むこともない。「うちは何人かが私物のスマホで仕事をしていて、何から決めたものか」——その整理を一緒に考えるところまでが、この辞典の役割である。
うちの場合はどうなのか、という部分は残る。
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